2018年5月6日

ローマ法王庁の食事情…実は食いしん坊が多い法王庁のひとびと

バチカンのお膝元ローマでは、ローマ法王を頂点に数多くの聖職者の姿を目にします。

法王庁以外にも、犬も歩けば教会にあたると思われるほど教会の数が多い上に、世界中からローマを目指してやって来る聖職者も少なくありません。

というわけで、ローマでは宗派の制服を着た僧や尼僧たちが、お買い物をしたり食事をしたりするのは普通の光景

先日、春先にしては珍しい猛暑となった日に、ローマ法王フランシスコがホームレスの人々にアイスクリームを振る舞ったというニュースがありました。

実際、夏になればてんこ盛りのジェラートをおいしそうに食べる尼僧の姿もよく見かけます。

キリスト教会の僧侶や尼僧たちは、いったいどんな食生活を送っているのでしょうか

現法王フランシスコはお料理男子だった

清貧をモットーにする現在の法王フランシスコ

彼は、若い頃から食べることには大変興味があり、神学校に在籍していた時代から厨房で仲間のために料理をしていたという逸話の持ち主です。

当時のお得意料理は、豚肉の詰め物をした料理であったのだとか。

アルゼンチン出身のフランシスコ法王は、もちろん郷土料理も心から愛しており、若い頃の昼食はもっぱら「エンパナーダと呼ばれる具入りのパンであったそうです。

そのほかにも「アサードと呼ばれる肉のローストイカに詰め物をした料理などが法王の好物として知られています。

そして、フランシスコ法王はイタリア移民の子孫。

そのため、幼少期の日曜日の昼食は家族親戚が集って賑やかに食事をするのが習慣であったそうです。

法王の先祖は北イタリア出身であったため、ピエモンテ州のリゾットやミートソースとモッツァレッラがたっぷり乗ったパスタのオーブン焼き、モッツァレッラとトマトソースのピッツァなどなど、イタリア料理はなんでもお好きなようです。

さらに、デザートもこだわりがあるようで、バチカン近くの「Hedera」と呼ばれるお菓子屋さんに特別にケーキを作らせたというエピソードまで残しています。

なにやら、法王のモットー「清貧」とは相容れない逸話のようにも見えますが、イタリア料理は安価な食材で美味しい料理ができるのが特徴。

こだわりはあっても、食費はそれほどかかっていないのかもしれません。

キリスト教会によって守られてきた食文化

2000年の歴史を誇るキリスト教会は、暗黒の中世と呼ばれた時代にも経済の中心としていた機能していた修道院を各地に有していました。

経済力、人材が常に確保できた修道院によって、ワインやビールの製造方法や、チーズやサラミといった食文化が発展し伝えられてきたといっても過言ではありません。

イタリアが誇るチーズの王様パルミジャーノも、ベネディクト修道会の修道士たちによって灌漑技術が開発され牧草地が確保されたポー川流域で牛の飼育が可能となり、その結果生まれたチーズであったのです。

それぞれの修道会にはおのおの規律があり、食事に関する規則も当然含まれていました。

また、キリスト教会全体に共通する食事の規則もいくつかあります。

たとえば、クリスマスイブの夜には肉類は口にしない復活祭前の四旬節には摂食するといった具合に。

そして、イエスキリストがパンについて「これが私の体」といい、葡萄酒のことを「これが私の血」と述べたために、パンとワインは聖餐式には欠かせないものとなりました。

とはいえ、キリスト教の宗教画で最も有名なテーマである「最後の晩餐」を思い起こせば、そこにはパンとワイン以外にもさまざまな料理がのっていることがわかります。

数年前、レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「最後の晩餐」のテーブルには、ウナギ料理が並べられていたことが判明しました。

常に庶民の心に寄り添い続けたキリスト教会の宗教画には、実は作品が制作された時代の風俗が描かれていることが多く、ラヴェンナ町のモザイクによる最後の晩餐には魚料理が描かれていますし、ティントレットによる栄華を謳歌した時代のヴェネツィアの最後の晩餐には、おいしそうなケーキがのっているという具合です。

修道院に伝わるアルコール類だけで一冊の本が

ヨーロッパの書店の「お料理コーナー」に行くと、修道院や教会に関連があるレシピ本やエッセイが数多く見られます。

現代も、修道院の多くは僧たちが生産する化粧品や食品などを販売しているところが多く、日本でも有名になったフィレンツェの「サンタ・マリア・ノヴェッラ」などはその一つ。

また、薬草に精通していた僧たちも多かったため、薬草を使ったリキュールのレシピも多く、それだけで一冊の本になっているくらいです。

そして、さまざまな規則があったとはいえ、修道院で暮らす人たちもおいしいものを食べたいという欲求は抑えられなかったようで、修道院に伝わるレシピもまた星の数ほど存在します。

面白いのは、由来や理由は不明ながら聖人の名前を冠した料理が非常に多いことです。

いわく、「イワシの聖フランチェスコ風」「大麦の聖ニコラ風」「聖ヨセフ風豆のスープ」「聖ジミニャーノ風リゾット」などなど。

修道院で生まれた料理に、符号ように名前をつけるには聖人が一番身近にあった存在だったのでしょうか。

歴代の法王たちの暴飲暴食

ローマ法王は、現在は世界中に12億人いるといわれるキリスト教信者の頂点に立つ人です。

しかし、かつてはローマ法王領という「王国」の「王」でもありました。まさに、この政治力と経済力を背景に、現在まで残る見事な芸術が花開いたと言えます。

食文化も同様で、ローマ法王庁の宮廷には歴史に名を残した料理人たちが仕えていました

法王たちの食の好みも、数々の古文書から知ることができます。

サクランボとワインを愛した法王グレゴリウス一世

たとえば、中世初期の偉大なる法王グレゴリウス一世には、こんなエピソードがあります。

春の盛りに、グレゴリウス一世は大好物のサクランボが食べたくなりました。

法王に仕える人たちはサクランボの調達の難しさを考えて頭を抱えましたが、なんとそこに聖人マルコが現れて、木に山のようなサクランボの実をならせるという奇跡を起こしたのです。

この法王はその偉大な功績から「大聖グレゴリウス」と呼ばれていますが、実は大変なワイン好きでした。当時存在したあらゆるワインを飲み尽くした、ともいわれています。

ウナギの食べ過ぎや、故郷のチーズをローマまで運ばせたことも

また、ルネサンス時代の法王マルティヌス五世ヨハネス・ボッケンハイムというドイツ人のシェフを贔屓にしていました。

マルティヌス五世は、ボッケンハイムが料理するウナギ料理を偏愛し、これにヴェルナッチャのワインを痛飲していました。

死因も、ウナギの食べ過ぎだったそうですから、なにやら徳川家康の死因「鯛の天ぷらの食べ過ぎ」を思い出すではありませんか。

また、人文学者としても宗教人としても徳が高かったピウス二世は、故郷のペコリーノチーズをローマまで運ばせるほど愛していました。

イタリアでは、生のソラマメをペコリーノチーズと食べてワインをあおるのが春の風物詩ですが、ピウス二世もソラマメ、クルミ、梨と一緒にペコリーノを食し、キャンティ産の赤ワインを飲んでいたという記録が残ります。

最後に

ユネスコの無形文化遺産にもなった「地中海式食事法」。地中海の食文化とキリスト教は、切っても切れない関係にあります。

偉大な法王であろうが、徳の高い宗教人であろうが、食の逸話が絡むとなぜか人間的に見えてくるから不思議です。こうした人間味が、庶民のキリスト教徒に優しく寄り添っていたことは想像に難くありません。

(文章・ライティング:cucciola)

Twitterの反応

海外の反応


(動画引用・出典:Youtube「ROME REPORTS in English」公式チャンネルより https://www.youtube.com/watch?v=6we2blItR4s )


(動画引用・出典:Youtube「HBO」公式チャンネル – 海外ドラマ「The young pope」https://www.youtube.com/watch?v=6we2blItR4s )

djthereplay「僕はキリスト教徒じゃないけどローマ法王を見ていると神はまだこの世界にいるのだということを思い出せるよ」

The Skeptic Raptor「彼は現代の世の善き人間なのだよ」

jojibot「たぶん彼こそが歴代の法王のなかで最も善き法王なのだろう」

Binty Mohammed「僕はイスラム教徒だけど彼の行動に涙を禁じ得ない。ローマ法王に神の祝福を。」

WithoutRemorse12「HBOのテレビドラマ『The young pope』の法王像はまるでギャングスタじゃないか」

Axhiro Madlander「トランプ大統領はバチカンを訪問すべきだな」

(引用・出典:Youtubeコメント欄より翻訳 – https://www.youtube.com/)

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